書評
デンチャースペース義歯 ~その理論と製作法~
[著]田中五郎
重症化した無歯顎患者へのグッドタイミングの出版
病院ではいま、医療法の改正により、入院期間の短縮が求められています。病院側も経管栄養ではなく、「口から食べられるようにして」退院させるべく、病院からわれわれ歯科医師への往診依頼が多くなっています。この傾向は介護老人保健施設などでも同様で、在宅も含めて歯科による往診への需要がますます高まっています。また、往診先の患者の状態は、以前にも増して重症化しています。とくに無歯顎患者の総義歯治療において、従来の歯槽頂間線法則では臼歯部交差咬合排列の症例が多く、舌房のスペースが確保できないため、いくら正常排列を行っても使ってもらえないケースをよく目にします。また、長年、低い咬合位の義歯を使っているため、1回の咬合採得では顎位が安定せず、セット後の咬合調整が数回必要な症例が多くなりました。
そんな折、田中五郎先生は、グッドタイミングで『デンチャースペース義歯』を上梓されました。診療室で、また往診で重症化している総義歯症例に悪戦苦闘している臨床家にとって、よき指導書になると思います。本書の“刊行にあたって”には、「デンチャースペース義歯」を習得する過程での苦労話がありましたが、本文ではデンチャースペース義歯の臨床のポイントが微に入り、細に入り、細かく述べられています。これから総義歯臨床のテクニックを身につけようという読者にとって、非常に参考になると思います。
第1章の、満足のいく義歯を作りたいと、47歳の女性が歯科技工士学校に入学して作った義歯が、舌房を確保した「デンチャースペース義歯」だったというエピソードに感銘を受けました。力学的安定を重視した臼歯部の交差咬合排列が、いかに患者の口腔機能(舌の触覚)を考慮しなかったか、また、いまだにその方法が歯科大学・歯科技工士学校で教育されていることに「疑問」を感じています。実は私も「こんなもの入れてられるか」と認知症の患者さんに、セット時のテストフードに応じてもらえず、義歯を投げ捨てられた経験から、苦労に苦労を重ねて「デンチャースペース義歯」の製作法に到達したわけです。
田中先生をはじめ、三木逸郎先生、糟谷政治先生らが、顎堤吸収の強い患者さんに対する「デンチャースペース義歯」の有効性を実証してくれたおかげで、多くの臨床家から支持されるようになったのです。顎堤吸収や全身疾患、認知症などの問題を抱えた高齢者の総義歯製作には、周囲組織を味方にし、邪魔にならないこの方法が欠かせないと考えます。
本書では、診療室での症例が主です。田中先生も往診に積極的に出向いておりますが、まずは診療室でできなければ、往診に行っても患者さんに満足してもらえる診療ができません。その意味で、第2弾として、“デンチャースペース義歯 往診診療版”を期待してやみません。
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デンチャースペース義歯
~その理論と製作法~[著]田中五郎
A4判・112頁・オールカラー
定価(本体6,000円+税)