書評
全部床義歯実況講義 フルマウスリコンストラクションの第一歩
[編著]水口俊介
全部床義歯が好きな人にも、困っている人にも。
私が大学を卒業して、臨床の現場に出て、初めて接した無歯顎の患者さんの下顎の顎堤はまったくの平坦であった。いわゆる顎堤というものがまったく見当たらない。口の中には小さな義歯が入っていて、患者さんが話すたびにガタガタしている。舌を出したり頬を引っ張ると粘膜は全部動くし、義歯は簡単に持ち上がってしまうので、どんな大きさに義歯を作っていいのかわからない。それがどうなったのかはよく覚えていないのだが、何が何だか訳がわからなかったことだけが記憶に残っている。多かれ少なかれ、こんな経験をもつ歯科医師は多いのではないだろうか。
全部床義歯に対する考え方、作り方は、私が大学に入学した50年ほど前と比べてもそれほど変わってはいないから、先輩が身につけたものを後輩に教えていけば、この分野はクリアしてしまいそうなものだ。ところが、そう簡単にはいかないようだ。「はじめに」のところで著者が「よくわからない、むつかしいと思ったから教室に入った。そして、教室では、先輩方はいつも全部床義歯のことを議論していた」とある。教室の先輩は、大昔から大名人が辿ってきた道を議論し、繰り返し、また教室に入ってきた新人が、先輩が苦労した道を繰り返す。それは、全部床義歯作りがどうしても術者の手技の熟練度にかかる部分が大きいからなのだ。「能書きじゃ入れ歯は入らない」と言った人がいたが、まさにそれを端的に言い表した言葉であるといっていい。だからといって、ベースになる知識が必要ないというわけではない。頭でっかちになっても上達しないし、ただむやみに義歯をたくさん作り続けてもうまくならない。その兼ね合いが難しいのだが、本書は理論をベースに手技を詳しく説明している、まさに無歯顎臨床をマスターする極意の巻物だと思う。
チャプターごとに図と写真を使い、単なる手技ではなく、裏づけとなる考え方もわかりやすく述べられているから、自分がいま困っているところから読み始めるのもよい。chapter8の「全部床義歯の装着、調整」は、筆頭著者が単独で書いているもので、形のこと、咬合のことなどがうまくまとめられていて、さすがに読み応えがある。また、それぞれの章に付随しているコラムがおもしろい。江戸時代の義歯の値段について書かれているものもある。column5では、咬合様式についてじっくりページをとって書き込まれているので、熟読すれば、全部床義歯の咬合についてマスターしてしまえるだろう。プロフィールのところに7人の著者それぞれの顔写真が載っているのもよい。読みながら、「ホー」とか「アレッ」とか思うところへくると、顔写真を見直してしまう。これが楽しい。読みやすいし、全部床義歯が好きな人、全部床義歯に困っている人には必読の本だと思う。
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全部床義歯実況講義
フルマウスリコンストラクションの第一歩[編著]水口俊介
A4判・120頁・オールカラー
定価(本体3,900円+税)