2025年3月編集委員一同 日々の臨床において、う蝕、歯周病、歯根破折などの理由によって、抜歯され、歯が失われた部位に対する治療方針として、多くの場合、ブリッジ、義歯、デンタルインプラントなどが採用される。これらの欠損補綴処置は、どれも臨床成績のよい、予知性の高い治療方針ではあるが、それぞれデメリットも存在する、人工材料による欠損補綴治療である。チタン製のデンタルインプラントを埋入する前に、ブリッジのために欠損部の両隣在歯を切削する前に、そして、抜歯によって欠損歯列を形成する前に、歯科医師が患者のためにできることはないだろうか。人工材料ではなく、患者自身の歯を欠損拡大防止に使用できないだろうか。通常、治療方針として「抜歯」が適用される破折歯は、本当に、もう口腔内で機能させることはできないのだろうか。歯の保存を強く望む患者に対して、何かできる治療はないのだろうか。 残念ながら、極めて多くの歯科医師が、人工材料による欠損補綴治療の前に取り得る、欠損拡大防止のための治療方針の選択肢をもっていないのが現状である。 歯の移植・再植による天然歯の保存、天然歯の有効利用は、人工材料による欠損補綴治療の前に取り得る、欠損拡大防止に対する効果的な治療戦略である。欠損部位に対する不働歯の移植は患者自身の生体由来の組織を利用する治療法であり、「外科的歯の移動」ともいえる治療方針である。また、破折歯の再植は抜歯による歯列欠損を回避しようとする高度に保存的な治療法であり、「外科的補綴条件の変更」ともいえる治療方針である。 歯の移植・再植は、科学的根拠が不十分な手技で実施されると、良好な予後が得られないことも多く、これまで一部の熟練した歯科医師による特殊技能、特殊な治療方針のように思われていたようである。しかし、正確な科学的知識と手技が必要である、という意味では、一般歯科診療と大きな差があるわけではない。歯の移植・再植は1950年代の報告をはじめとして、長期にわたる膨大な基礎研究と臨床研究の元に成り立つ術式によって実施されているが、近年、臨床研究、基礎研究による学術的知見の蓄積により、歯の移植・再植の臨床的有用性や、移植・再植を成功に導く手技やシステム、注意点が科学的により明確になってきている。 本増刊号においては、歯の移植・再植を臨床に取り入れ、患者の天然歯を利用した欠損拡大防止、あるいは欠損補綴を日常的に実施している経験豊富な先生を著者にお迎えしている。歯の移植・再植を治療に取り入れようとしている、または現在取り入れている歯科医師が抱く、よくある疑問や、躓きがちな手技に関して、最新の情報、エビデンス、テクニックをわかりやすく、科学的に紹介し、明日の診療に有用な知識と技術を余すところなく提供している。 ぜひ本増刊号を参考に、歯の移植・再植を日常臨床に取り入れ、実践していただきたい。刊行にあたって
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