2026年6月東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生体補綴歯科学分野和田淳一郎 歯科治療の目的は、単に患者の主訴や現症を解決することにとどまらない。治療によって得られた状態を長期的に維持し、口腔機能および生活の質(Quality of Life:QoL)を保つことこそが本来の目標である。たとえば義歯治療においては、術前に残存歯の状態を慎重に評価し、予後不良と判断される歯については抜歯を含めた適切な処置を行ったうえで、治療計画を立案することが望ましい。また、使用する材料の選択においても、患者の希望のみならず、咬合力やパラファンクションなど、歯科治療の長期予後に影響を及ぼすリスクファクターを総合的に考慮する必要がある。 しかしながら、実際の臨床においては、術前に理想的と考えられた治療計画に基づいて治療を完遂したとしても、その後の患者を取り巻く環境や生活状況の変化により、必ずしも当初の想定どおりの経過を辿らないことも少なくない。また、患者の希望や全身状態、社会的背景などの理由から、理想的な治療計画に従わない妥協的な治療を選択したうえで、いったんの治療を完遂せざるを得ない状況も臨床ではしばしば経験する。 さらにわが国では、国民皆保険制度のもと誰もが一定水準の歯科医療を受けられる一方で、保険診療の適用範囲には限界があり、治療後にトラブルが生じた際の対応にもさまざまな制約が存在する。このような現実のなかでは、問題が生じた際にすべてをやり直す大がかりな再治療だけでなく、その場での応急的な対応や可能なかぎり侵襲を抑えた修理・修復によって、問題の拡大を防ぐことも重要な選択肢となる。 本増刊号は「診療室に一冊置いておくことで、日常臨床で突然生じるトラブルに対して落ち着いて適切な対応ができるようにする」ことをコンセプトとして企画されたものである。「歯冠修復」「歯冠補綴」「インプラント」「有床義歯」の4つの主要分野において、臨床・研究・教育に携わる新進気鋭の専門家に執筆を依頼し、それぞれの領域における修復物・補綴装置の迅速な撤去法とリペアの実際を、豊富な臨床例とともにわかりやすく解説していただいた。 本増刊号が日々の臨床において生じる、さまざまなトラブルへの対応の一助となり、多くの臨床家の負担を軽減するとともに、トラブルを抱えた患者の口腔機能とQoLの回復・維持に貢献できれば、編集委員としてこれに勝る喜びはない。刊行にあたって
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