1960年代以前の歯科では、細菌の検査といえば「顕微鏡で染色して見る方法」や「寒天培地で細菌を育てて調べる方法」が中心でした。しかし、これらの方法にはいくつかの課題がありました。たとえば、検査結果が出るまでに数日かかることや、酸素があると生きられない「嫌気性菌」をうまく育てられないことなどです。歯周病の原因として知られるスピロヘータのような細菌は、動きがあるのに普通の明視野顕微鏡ではほとんど見えず、確認が難しいものでした1)。 こうした状況に大きな変化をもたらしたのが、オランダの物理学者、ゼルニケが提唱した「位相差顕微鏡の理論」です。生きたままの細胞や細菌を染色せずに観察できる手法として注目され、医学や微生物学の分野で一気に普及していきました。歯科の領域でも、この技術の導入によって、これまで見えなかった世界が“見える”ようになったのです。 1960年代後半には、アメリカのKeyes博士が「歯周病の診断や管理に位相差顕微鏡を活用する方法」を提案しました2)。患者さんの口から採取したプラークをその場で観察し、スピロヘータや運動性の桿菌の存在を確認して、治療方針に生かすという考え方です。さらに、この技術は患者さんへの説明にも使われるようになります。たとえばShulmanの研究では、位相差顕微鏡で自分の口の中の細菌が動いている様子を見た患者さんは、歯磨きへの意識が高まり、口腔内の状態が改善したと報告しています3)。 この患者教育・動機づけによる効果は、その後の研究でも継続的に検証されています。とくに矯正治療患者において、位相差顕微鏡を用いた口腔衛生指導の有効性が注目されており、Kocaらによる無作為化対照試験で、矯正治療患者の口腔衛生状態の改善に有効であると実証されました4)。また、Acharyaらの研究では、マルチブラケット矯正治療患者に対する3つの異なる動機づけの手法を比較し、視覚的な教育手法が口腔衛生と歯肉の健康状態の改善に効果的であることを示しています5)。 このように、ゼルニケの理論をきっかけに誕生した位相差顕微鏡は、1960年代142位相差顕微鏡が歯科を変えた歯科における 位相差顕微鏡の役割
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