3.精度論争はもうやめよう─アナログとデジタルは“比較不能” 「スキャナよりも印象材のほうが精度が高いのでは?」という問いは、いまでこそ耳にする機会は減ったが、デジタルでの補綴装置製作が始まった当初は、頻繁に交わされていた。 しかし、この問い自体が極めてナンセンスである。なぜなら、アナログの「印象」は模型を作るための鋳型であり、デジタルの「スキャナ」はその場の三次元情報をデータ化する“写し取り”だからである。両者は工程も目的も異なるため、単純な比較の土台にすら立っていない(図2)。 問題なのは、従来の工程を模倣しながらデジタル化を進めようとする姿勢である。製作プロセスを無理に似せようとした結果、「どこを比較しているのか曖昧な精度論争」が繰り返されてしまう。最初の段階で、製作過程が違うのである1)。4.価値は精度よりも“再現性”と“スピード” デジタル化の価値は、単に「アナログよりも便利そうだ」という漠然としたイメージに留まらない。むしろ、そこには明確な利点がアルジネート印象図❷ アルジネート印象の写真と口腔内スキャン画像を並べてみる。はたして、同じ土俵で比較してもよいのだろうか。どこをどのように比較できるのかを考えてみてもらいたい口腔内スキャンSPEED図❸ デジタル化の価値は、データ処理の「高速化」、データの劣化のない「複製」、データ同士の「重ね合わせ・修正・変更」が容易という、作業の効率化である。これは一般論であり、歯科に特化しているものではない高速COPY複製MODIFY重ね合わせ・変更53存在する。それは、「高速処理」「複製」「重ね合わせ・修正・変更」が容易に可能なことである(図3)。 たとえば、一度得たデジタルデータは、何度でも再利用・再設計できる。咬合高径の変更や床辺縁の調整といった修正作業も、同じデータ上で何度でも試行錯誤が可能だ。これまで手作業によって一つ一つ行っていた工程が、合理的かつ統一されたルールのもとに行われることで、再現性も飛躍的に高まる2)。 「では、精度はどうなのか?」と問われれば、現時点では「十分に高い」と答える。ただしここで重要なのは、“精度”があくまで出力物の問題であり、デジタル化そのものの価値とは切り離して考えるべきことである。なぜなら、アナログとデジタルでは、スタートラインもプロセスも異なるからである。 この点については、デジタル義歯の再現性や工程簡略化の利点を多数の臨床報告に基づいてまとめたレビューも存在する1)。5.デジタル化の最終形は“再構築”である 近年では“デジタルトランスフォーメーション(DX)”という言葉が広く使われているが、この文脈においても義歯製作の現状を
元のページ ../index.html#14