昨今、審美歯科は特別な医療から、年齢を問わない日常の医療へ移行している。その大きな要因のひとつが、社会全体の“自己表現”に対する感度の上昇である。 口元は信頼や印象を左右する主要な非言語情報であり、年代を問わず、“自然に笑える口元”への需要が高まっている。加えて、平均寿命の延伸と健康寿命への関心の高まりも、審美歯科のニーズを後押ししている。 高齢期でも「人に見られる自分」を意識し、「自然に笑える口元でいたい」と望む人が増えている。従来、機能回復が主目的とされた義歯治療でも、見た目の自然さや若々しさを求める傾向が強まっている。“審美”はもはや機能と切り離された“付加価値”ではなく、治療の基本要件となりつつある。 このような時代の変化とともに、審美歯科治療の役割は、外見を改善する技術にとどまらず、患者の行動変容を支える支援へ拡張したといえる。 審美歯科治療のゴールは、機能・予知性・患者満足の同時達成であるといえるが、これは患者ごとに異なるものである。 ある人は「芸能人のように白く整った歯」を求め、別の人は「違和感のない自然な仕上がり」を望む。その背景には、社会的・文化的価値観の変化、患者の人生観、自己肯定感の再構築など、非常に人間的な側面が存在している。このような“審美の多様性”を理解し、それぞれのゴールに合わせた治療提案を行うには、単なるテクニックや形の美しさだけにとどまらず、術者の感性と共感力、そして患者の要望を引き出す対話力が必要とされる。 審美は機能と両立して初めて成立する。外観を優先して咬合や歯肉縁を犠牲にすれば再治療を招きやすく、その回避には正確な診査・診断、緻密な設計、過剰を抑える倫理観が求められる。SNSや広告で高まっている患者の理想に対しても、「この患者にとっての最適解」を基準に判断すべきである。 審美歯科治療は華やかにみえても、診断力・咬合理論・歯周管理・材料学・患者心理学を統合する包括的な技術であり、1歯の修正でも対称性やスマイルライン、咬合干渉、表情筋の影響まで読み、局所から全体を見通す視点が不可欠だ。本質は「白く、まっすぐにする」ことではなく、その人がその人らしく笑える口元を実現することにある。機能と構造、印象と感情を繋げながら、患者の人生に寄り添う姿勢で臨むべきである(図1)。 各項の具体的な手技や適応・禁忌は当該各論で詳述する。本節では、臨床における位置づけと判断軸を概説する。8審美歯科が求められる時代背景見た目だけではない、審美歯科の本質審美治療における選択肢吉田茂治Shigeharu YOSHIDA埼玉県・パークサイドデンタルオフィス 日本臨床歯科学会審美歯科の基礎概念
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